川越市西部の池辺熊野神社氏子会様で幟と奉納幕を作って頂きました.
奉納幕は通常地が染まっているものは、富士絹という光沢のある紫の布に紋を二カ所と奉納という文字を染め抜きしていますが、今回は最近開発されたポリエステルの太シボ縮緬という、大きな凹凸(シボ)と絹以上に鮮やかな光沢のある生地で染めました。一度作れば何十年と使われるものなので、絹の弱点である虫に食われて穴があく心配と皺が目立たない、色が褪せないという長所があります。サイズは横720cm、縦140cmです。
幟は河内木綿という柔道着のような厚い木綿生地に文字を染めます。強風に負けない様に「ち(耳)を片側25個付けます。昔の人は達筆ですね。古い幟をなぞって写しました。サイズは横90cm高さ10.5mです。
熊野神社解説は神社マニアのアレン様の受け売りです。 川越市に熊野神社は四つあります。池辺(いけのべ)という場所は、元々は池辺村という村でしたが、1889年(明治22年)4月1日 に大塚新田村、南大塚村、豊田本村、豊田新田、池辺村が合併して大田村が発足。
1943年(昭和18年)11月3日に大田村と日東村が合併し、大東村が発足し大田村は消滅。
その後1955年(昭和30年)4月1日に大東村は川越市に編入され現在に至っております。
この辺りは、入間川の右岸に位置し、開けた水田地帯です。
地名の池辺(いけのべ)は大きな池の傍らに開かれた事に由来するそうです。
本殿は、覆屋内にあり、直接間近でみることは出来ません。 社伝によると、武田信玄の家臣 山口長左衛門が祀った神社で、古くは喜多院の境内にありましたが、仙波東照宮の造営に伴いこの地に移されたそうです。
川越市寿町白山神社氏子会様よりご注文いただきました。昔の幹線道路で二車線の国道16号旧道に面している為、幟が大きい為全容を見ることが難しいです。鎮守御祭禮と読むのでしょうか?古い幟をなぞって書き写しましたが、昔こんな達筆で大きな文字をどんな筆で書いたのでしょう。歩いている人と比較すると巨大さが判ります。
生地は河内木綿という極厚の木綿地に黒い染料で染めました。巾100cm高さ11mです。ち(ミミ)は25個づつです。大抵の幟や奉納幕は最初に明治時代に作ったと思われますが、将来の記憶の為に最近は復元した年号を書く様にしています。
奉納幕は木綿のバンテンという生地に左三つ巴紋が黒で染めています。
小野不由美の5巻組「屍鬼」を読んでいて、、毎回表紙装画を見ていて、不安な不吉な感じを持っていて、小説にぴったりのイラストだなと思っていました。そういえば宮部みゆきの「模倣犯」も長編でしたが、毎日見ていた表紙画にも同じ印象を持ったことを思い出し、誰が描いているのだろうと調べ寺たら、藤田新策というイラストレーターでした。装画,挿絵の世界では超メジャーで、スティーブン・キング、ダニエル・キースの表紙を飾っていて、描いた絵は1000冊を超えているというから驚きです。本屋でミステリーの本を探していると、なんとなく怖いもの見たさの不安感を持って、背表紙のディティールなど見てしまうことは、いままで何度もあったはず。
1956年静岡県生まれ、武蔵美出身、1989年スティーブン・キング「ペットセメタリー」(映画にもなりました)から装画活動が始まりとのことです。
絵はたいてい物語の一場面を描いているのだが、何層にも絵具を重ね、遠くまで見渡せるのに、その現場で起きていることはわざと見せない、日が暮れるのか、朝になるのか判らない薄暮に、音の聞こえない寂寥感が滲みます。ドラマ「ツインピークス」「Xファイル」をはじめて見たときのテーマ曲が耳を離れないアレです。
新潮文庫より文庫本長編5冊セット。オリジナルハードカバーは上下刊です。小野不由美というペンネームからして不吉なです。先週読んだ、誉田哲也の「妖の華」というデビュ-作っぽい小説が、吸血鬼物だったので、偶然にも続けて伝奇小説を読むことになりました。
屍鬼と人間の登場人物は150人にものぼり、夫々の生い立ち、性格、家族、屍鬼になるまでの過程など人物描写が細かく、一流作家らしく物語の進行にもそつがありません。
舞台は三方を深い樅の森林で囲まれた人口1300人の外場村(卒塔婆村)、墓地は土葬、祭は虫送りと呼ばれ、真夜中松明を持った鬼の面をかぶったユゲ衆と呼ばれる女人禁制の若衆が卒塔婆を背負って練り歩く。という横溝正史小説のようなおどろおどろしい設定です。
現代なのだが、住人はほとんど村内で生活が完結していて、新居に越してきた住人は昼間外出することなく、出歩くとしても、夜のみといのが只者でない予感がします。
映画トワイライトもそうだが、吸血鬼はやはり美男美女が定番なのだが、屍鬼では本家屍鬼以外はほとんど一般人でカリスマ性は薄い様だ。医者と坊主の2大主人公が変節してゆく様子が楽しく、小説中に更に小説を書いていく手法は新鮮でした。伝奇小説は入場料を払って入るお化け屋敷のようなもので、怖いもの見たさに奥へ奥へと進んで行く感覚が5冊セットで味わえるのは大変なお値打ち度でした。
羽田空港から飛行機で鳥取・米子鬼太郎空港へ、そこからバスとフェリーを乗り継いで約6時間半、島根県隠岐の島に豊かな自然に囲まれた素敵な町があります。
海士町(あまちょう)は島根県隠岐郡の町である。隠岐諸島の島前三島のひとつ・中ノ島に位置する。面積33.5平方キロ、世帯数1,100世帯、人口2,451人(2007年8月末)。
島のホームページで見た「島の幸福論24の提案」はブータン国王の提案する国民総幸福指数にも匹敵する斬新な発想です。
この島で生まれて、この島で育ち、あるいはこの島へ来て生活をし、最後旅立つ時に『ああ、海士町に住んでよかったな』という想いを持って自分の人生を終わる
海士町のキャッチコピー『ないものはない』という言葉は、
①無くてもよい
②大事なことはすべてここにある
という二重の意味をもちます。海士町は都会のように便利ではないし、モノも豊富にあるわけではありません。しかし、自然や郷土の恵みは潤沢で、暮らすために必要なものは充分あり、今あるものの良さを上手に活かしています。素直に『ないものはない』と言えてしまう、それこそが海士町の"幸せ"なのかもしれません。
この手拭は海士町の保々見という地域の四季12ヶ月を、そこに暮らす人たちに消しゴム版画で募集したものを基にデザインされた、誰もが郷愁を覚える、しかしそこに住む人以外誰も手にする事が出来ない、幻のお宝手拭です。
桴と書いて「ばち」と読みます。太鼓のばち、ドラムのスティックです。
日本人の心の楽器である和太鼓の響きは、すべての人に共感を与えます。子供から大人まで楽しむ事ができ、スポーツに通じる達成感や爽快感も与えてくれるため創作太鼓は音楽の一分野としての地位を確立しています。 様々な音色の和太鼓を組み合わせ、複数の奏者が演奏する組太鼓は、今や和太鼓音楽の基本形式といえます。太鼓の種類や数などの音楽的要素に、太鼓の配置や奏者の振り、動きなどの視覚的要素も加わる総合芸術です。
3月17日、川越市民会館で第21回彩の国埼玉「桴の祭典」が行われました。
写真は皆野町の郷芸銀美露(ぎんびろばあ)というグループで、太鼓だけでなく、笛、民謡、踊りを組み合わせた、子供の時の村祭を思い出す、ハレの郷愁をさそう懐かしい調べでした。
日本海の島根半島沖合約60Kmに浮かぶ隠岐諸島の中の一つ中ノ島を「海士町」といい1島1町の小さな島。(面積33.46k㎡、周囲89.1㎞)
対馬暖流の影響を受けた豊かな海と、名水百選(天川の水)に選ばれた豊富な湧水に恵まれ、自給自足のできる半農半漁の島。
地域の実情に詳しく、集落対策の推進に関してノウハウ・知見を有した人材が、地方自治体からの委嘱を受け、市町村職員と連携し、 集落への「目配り」として集落の巡回、状況把握等を実施するために、総務省は集落支援員という制度を設置しています。
「少子高齢化などの課題を多く抱えながらも、積極的に地域活性化に取り組んでいる離島、海士町。 この島を将来に渡って持続していくためには、町を構成する14集落それぞれについて的確な支援を行っていく人材が欠かせません。
そこで、平成22年度に実施した「集落診断」(実態把握調査)の結果をもとに、23年度24年度には集落支援員を配置し活動しました。
海士町の各地区を何とかしたいという志のある方、やる気と元気にあふれている方の応募をお待ちしております。」とのことです。https://www.facebook.com/ama14chiku
集落支援員という言葉を知り、日本は広い日本人は強い。日本の若者はまだまだ元気だと安心しました。海士町は特に若い人が移住しやすいように町を挙げて積極的に推進しているとのことで、「Iターン恵みのの島」として本日の読売新聞に掲載されていました。
クラウド(雲)という言葉が今風です。アトラスはマップ(地図)を束ねて本にしたものだそうです。というかピアノの曲名だそうです。
19世紀の南太平洋を船で旅するサンフランシスコ出身の公証人。
第二次大戦前のベルギーで天才作曲家に師事する若き音楽家。
1970年代のアメリカ西海岸で原発の不正を追及する女性ジャーナリスト。
現代ロンドンでインチキ出版社を営む老編集者。
近未来の韓国でウエイトレスとして生きるレプリカント、ソンミ451。
遠い未来のハワイで人類絶滅の危機を迎える文明の守り手。
身体のどこかに不思議な彗星のあざを持つ主人公たちが、支配と暴力と抑圧に抗して叫びをあげる。
オムニバス(グランドホテル)ものといえば一定の日時に同時多発的に物語が進行するものと思っていたが、この映画は今まで見たことのない進行でした。基の本は是非読みたいと思いました。
同じ登場人物が信じられないほどのメイクアップで色々な時代に登場するのでエンドタイトルで初めて同じ俳優だったのかと知り、それもお楽しみです。輪廻転生、因果応報、諸行無常など四文字熟語を思った作品でした。
彼は英雄か、それとも終身刑の犯罪者か?というサブタイトルの乗り物パニック冒険物かと思っていました。フロリダ州オーランド発アトランタ行きのジェッ旅客機が突然の低気圧とエンジンの故障で、急降下のまま墜落しそうになるが、ベテラン機長ウイトカーの天才的な操縦と機転で背面飛行で切り抜け、パブティスト協会の尖塔を破壊しながらも草原に不時着させる。ウイトカーはいわゆるアル中で、家族にも愛想をつかれ、酒のみか覚せい剤も日常的に吸う危ない機長であった。
酩酊して倒れるまで酒を飲み、はっきりするために覚せい剤をすうというマッチポンプな日常、仕事も人生も失うことが判っているのに自分ではどちらもやめることが出来ないという、破滅型な人生、しかし大なり小なりジレンマを抱える私たちと同じような普通の人だ。
教会の尖塔を壊すということが人生の何かの比喩のように感じられ、嘘で固めて逃げt遂せるのに、何かに導かれ最後に自分から罪を認めるという、破滅した後に平安を得ることが出来るということが、先月見たライフオブパイにも似たスピリチュアルなストーリーでした。