両国 江戸NOREN(のれん)

mainvijual.jpgryougoku 1.jpg両国2.jpg  両国はかつて江戸最大級の庶民で賑わっていた街。町人の活気あふれる両国はせっかちな江戸っ子ならではの発想で、手早く食べられる江戸前の握り寿司が広まった原点でもあります。

 活気や粋、遊び心があり、様々な食文化が成熟した江戸・両国に想いを馳せて、歴史あるJR両国駅の旧駅舎を建設当時の面影や懐かしい雰囲気を活かした外観に改装し、館内には江戸の町屋を意識した吹き抜け空間が広がります。
 「粋な江戸の食文化を楽しむ」をコンセプトに12の和食店が両国駅に集結しました。館内には本物の土俵があり、その土俵を囲むように、寿司、てんぷら、そば、ちゃんこもんじゃ、しゃも、深川あさり飯など江戸の雰囲気がある、飲食店、観光案内所が並びます。

o1000074913763977626.jpg20141011232352b38s.jpg 江戸時代から中里地域に伝承している祭り囃子で、現在八坂神社、北野神社の祭礼で演じられています。曲目は、屋台、昇殿しょうでん、鎌倉、仕丁目しちょうめ、屋台で組まれています。板橋区成増、赤塚から伝わったとされており、曲調は神田流、大間おおまの祭り囃子です。平成5年に練馬区無形民俗文化財に指定されています。

沼田祇園囃子 上之町(か組)の半纏

09_006b.jpgka05b.jpg     おぎょん(沼田まつり祇園祭)-全国の祇園祭の例にみられるように、京都の八坂神社祇園祭に発しています。牛頭(ごず)天皇を祀る須賀神社の祭典が沼田祇園祭(おぎょん)の源流で、昔は本町と称する上之町、中町、下之町の3か町の氏子が中心となり、祭りを実施しました。

昭和50年代に人ると、故郷志向が叫ばれ各地で祭礼が復活し始め、沼田においても段々と山車の数も増え、いよいよ囃子方の育成、特に笛吹の養成が急務となり、昭和54年に沼田祇園囃子保存会連合会は「沼田祇園囃子の錬磨、普及活動を行い沼田祇園囃子を後世こ伝承し、合わせて会員相互の親睦を図る」の目的で結成されました。現在、沼田祇園囃子保存会連合会は、沼田市内のまんど(山車)保有の10ヶ町から組織されています。

例年8月3・4・5日の3日間に行われています。約200人の若い女性により担がれる巨大な「天狗みこし」を筆頭に、人形を飾りお囃子をつけて曳行する「まんどう」、各町による「町みこし」、誰でも自由に参加することができる「千人おどり」などのイベントが開催され、伝統ある須賀神社・榛名神社の御輿の渡御「神社みこし」と祭囃子の競演で3日間の祭は最高潮に 達します。

祭りを盛り上げ優雅に奏でるお囃子(沼田市指定無形民俗文化財)は、山車を保有する10カ町で組織する団体「沼田祇園囃子保存会連合会」によって営々として伝承され、大切に保存されています。
 おぎょんの祭り衣装は、半纏の色や模様は各町内独自のもの。統一された鯉口シャツや腹掛け、股引を使用する。か組の祭り衣装は鯉口シャツ・揃いの股引に半纏を半纏帯で締め、雪駄にはちまき、またはてぬぐいかぶり。小物は巾着袋や扇子。特にか組では上記の画像の通りか組半纏の他、各会(祭吉連・呑気連)など独自の半纏も着用しています。 
 特に、か組の半纏はポリエステルの絽(ろ)という生地で、透ける軽い素材で、夏のお祭りにふさわしい衣裳です。

 

波多野建設 愛知県碧南市(半纏)

a005.jpgstaff_photo07.jpg    愛知県碧南市波多野建設様より半纏のご注文を頂きました。碧南市というだけでも伊勢の温暖で風光明媚なところが目に浮かびます。

波多野ホームが考える「幸福を生む住まい」づくり
  
 良い家って、どんな家でしょう? すべてが高級志向で、高くて便利な設備があって……お金をたくさんかけた家が良い家でしょうか? きっとそうではないはず。少なくともハタノホームでは、住まいの本来の役割や目的を果たすことのほうが、よっぽど大切だと思っています。
  住まいづくりを考えたときにパッと思い浮かぶ「あんな家がいいな」「こんな設備がほしいな」を叶えただけでは、ひとときの満足は得られても、いずれその満足は薄れてしまいます。大切なのは、ご家族を中心に住まいの役割について考え、実用性や利用価値についてとことんこだわって、本当に必要なものを必要なだけ住まいに採り入れること。30回以上の打ち合わせのなかでは、ちょっと現実的すぎと思われるくらい、見栄えや利便性に偏りすぎないご提案を差し上げます。
 マイホームはご家族にとって大きな「夢」ですが、もっと大きな、何十年と生活をともにする「現実」でもあります。その夢と現実のバランスを見定めながらつくるのが、私たちの考える「良い家」。プロとして万全のサポートをしながらも、施主様自身にもしっかりと夢と現実について考えていただき、ご家族にとってのほんとの良い家をつくっていければと考えています。                http://www.hatanohome.com/company.html

鍼や鍼灸院 南浦和(幕暖簾)

鍼や.jpg              「 」と書いて「はり」と読みます。金へんに威(強い刺激、衝撃を与える)の会意文字で、鍼と針はもともと意味も読み方も全く同じ「異自体」と言うそうです。

東洋医学は、身体をひとつの小宇宙としてとらえ、そのバランスが崩れたときに「病」が発症すると考える医学です。鍼灸はその東洋医学の治療法の一つで、身体の変化を手で触れながら観察して状態を把握し、鍼や灸を施すことで身体のバランスを整えて機能回復をはかる治療法です。

 近年、高齢化、生活習慣病の増加などにより、「未病治(病気になる前の細かな身体情報を基に病気の予防や治療を行うこと)」の考え方が広まる中、世界各国の医療関係者やWHO(世界保健機関)などが鍼灸に注目し、メカニズムの研究も進められ、科学的根拠のある治療法として注目されています。

 鍼灸の起源は石器時代の中国に遡り、日本に伝わったのは奈良時代。中国の僧侶が仏典とともに鍼灸の医学書を携えてやってきたとされています。平安から室町時代にかけて、鍼灸や漢方といった中国医学が日本社会に定着し、江戸時代に入ると、鎖国の影響もあり、鍼灸は日本の伝統医学として独自の進化を遂げていきます。その後、医学界に大きな影響をもたらした『解体新書』が登場し、明治になると政府の西洋化政策によって、西洋医学が台頭しますが、鍼灸はその効果から、民間医療として強い支持を得てきました。
 

 鍼や鍼灸院は南浦和の山田整形外科の付属鍼灸施設です。幕はスラブという厚い生地に、強い西日に耐えるように顔料で染めました。(1600*2200mm)            http://www.yog.or.jp

 

長野市相ノ木西町神輿連(半纏)

P1050687 (1).jpgP1050043.jpgP1050029.jpgP1050713.jpg            当地区は善光寺さんから西側に位置し、昔は北国街道の宿場町としても栄えた町です。

 長野駅から長野大通りを真っ直ぐ北へ進み、北国街道を東へ曲がり、長野電鉄の善光寺下駅と本郷駅の中間に位置する場所です。
 例大祭は秋に二回、氏神様の美和神社と鎮守神様の飯縄天神社のお祭を中心に活動しております。
美和神社は善光寺七社の一つであり、御祭神は大国主命。
飯縄天神社は美和神社の鎮守の一つであり、御祭神は、日本八大天狗に数えられている飯綱三郎天狗と学問の神様・菅原道真公です。
 当町の神輿は通称「夢神輿」屋根紋に輝く夢の一文字は、地区の方々の夢を神輿に宿し、皆様のご健康とご隆盛を祈りながら神輿を担いでおります。担ぎ方も江戸前に似たオリジナルの掛け声によるものです。
「わっしょい、わっしょい」 「わっしょい、そーれ」

ランドガレージ.jpg   実は埼玉県って、自転車普及率が全国一位だってこと知ってました?(2位 大阪、3位 東京、4位 京都、5位 千葉)

 また、埼玉県には国内最大の自転車メーカー「ブリヂストンサイクル」の本社と主力工場がある他、自転車用ブレーキのトップメーカーや国内唯一のペダルメーカーなど自転車関連企業が集積している背景があるところから、埼玉県やさいたま市では「自転車王国」を前面に出した広報キャンペーンを行っているんです。

  そこで世界最高峰のサイクルロードレース「ツール・ド・フランス」の名を冠した自転車競技イベントが、『ツール・ド・フランスさいたまクリテリウム』の登場です。舞台はさいたま新都心の高層ビル群。さいたまクリテリウムでは、1周約3.1kmの周回コースを走行する。市街地などに距離の短い周回コースを設定し、それを何周もする形式のロードレースがクリテリウムである。機材の故障など、不測のトラブル時にはその場にとどまって修理を済ませ、周回してきた集団に合流してもいいなどの特別なルールがある。

2014年からはコースの一部がツール・ド・フランス史上初の屋内コースとして「さいたまスーパーアリーナ」内を選手たちが駆け抜け、非日常のスピード感が味わえるコース設定となっている。競輪の平地での最高速度は70km以上らしいです。でもそれは最後の追い込みの時とかの数分です。平均速度46、7kmで62kmを走りきるってどれほど早いの!!

この風呂敷は90cm巾で、平成25年第一回大会のノベルティです。素晴らしいデザインです。



土浦新川囃子連合組長(半纏)

!cid_1D63EF4C-510B-4953-AC2A-99EB9BBBEAEB.jpg!cid_29DB625A-A54E-42C1-8B70-A831EAEEC9BC.jpg!cid_601814CB-0AA1-4037-BC99-C42A9F4E85DA.jpg         星と湖の祭典「土浦キララ祭り2016」が開催されました。「キララ祭り」は1951年に開始された「土浦七夕祭り」と「霞ヶ浦湖上まつり」が1990年に統合され生まれ変わった、土浦を代表するお祭りです。

新川囃子の名は地元に流れる川、真鍋町と城北町の境の“新川”の名を取り新川囃子と称し、 真鍋新町・新友組と並木町・なみき組と牛久市牛久町・壱番組、幸友組、道神組、新城組やそのほか多くの社中で構成されています。

 お披露目は、主だったものでもお花見会、土浦キララ祭り、鹿島神社例大祭『真鍋の祭り)、常陸国総社宮大祭(石岡の祭り)土浦文化祭、土浦祇園祭り、霞ヶ浦マラソンなど出演する機会は多数あり、子供たちへの伝承も盛んに行われ保存も順調でうらやましい限りです。
 本年は6組の新川囃子連合会長の揃いの半纏のご注文をいただきました。

DSC00109.jpgDSC00110.jpgDSC00111.jpgDSC00112.jpgDSC00113.jpgDSC00114.jpgDSC00115.jpg    学校のトイレ事情といえば

トイレのイメージは 5K といって 臭い 汚い 暗い 怖い 壊れている。のだそうです。
また、学校で生徒のために改善が必要な場所は校舎の耐震化よりもダントツでトイレです。
平成生まれの子供が、家庭に和式トイレがないのに、学校のみに存在するのは昭和時代を教えるためか、全く人気はないようです。
このたび、霞ヶ関西中学校では各階(4階建て)の男女トイレを、㈱横田住建により夏休み中に全面改修しました。
写真を見てのとおり。和z式便器を洋式便器に交換、臭いの原因となる床面の張替え、洗面台の交換、バリアフリートイレ、シャワー室のある素晴らしい出来栄えです。ハードの改修が精神的にも良い影響があるかもしれません。
トイレ入り口にはドアはなく、暖簾をかけることになり、間口約85cm*150cm丈のものがつきました。
幼少期のほとんどを過ごす学校で、なかでも清潔なトイレを使うということは、これからの日本人がきっと良い方向に変わっていくような気がします。そんなことを期待させる たかがトイレ工事、しかし子供の一生に大きな影響を与えるトイレ工事でした。

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真鍋鹿島例大祭(真鍋のおまつり)が8月26日〜28日行われました。今年の当番町は東真鍋町です。

あづま会 辯天囃子は昭和59年発足、会員50名と、おおきな囃子連です。「やって楽しい、見て楽しいお囃子」を心がけています。
今年、半纏を新調しました。綿紬生地、本藍染、腰には櫻偏財天、背紋はひらがなであづま、衿は辯天囃子と弁天様紋、襟首に 東紋が入っています。

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